アノニマスとは? パート1: アノニマスの誕生と歴史

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2012年2月、「3月31日に世界のインターネットをダウンさせる」というただならぬテロ予告がネット上に掲載された。犯行予告「Internet Blackout」によると、世界に点在する13個の「ルートDNSサーバ」をDDoS攻撃によりダウンさせ、インターネットを一時的に消し去るのが目的とある。動機は「SOPA法案、ウォールストリート、無責任な指導者と利己的な銀行家に対する抗議」、犯行予告を行ったのは、アノニマス(Anonymous)だ。

セキュリティー専門家達の間では、この作戦は「不可能だ」という意見が強く、エイプリル・フールの前日ということもあり「壮大な釣り」だという見方が強い。しかし、CIA・FBI、国連、各国政府機関への攻撃など、アノニマスの最近の活動を考えると、一応の警戒が必要な気もする。

予告文の冒頭には、こんな一節があった:

“The greatest enemy of freedom is a happy slave”
「自由への最大の敵は、満足した奴隷である」

いわゆる「ハッカー集団」のアノニマスは、2010年のMasterCard、PayPal、Visaに対するサイバー攻撃をきっかけに、「ハックティヴィスト(ハッキングを手段とする活動家)」として広く知れ渡っていった。「アノニマス」、この名前を耳にするたびに、いつも1つの疑問が浮かび上がってくる。

Anonymous contre Acta à Rouen

By zigazou76, flickr

アノニマスとは一体何者なのか?

「ハッカー集団」、「引きこもりニート」、「オンライン・テロリスト」、「活動家組織」、どれもしっくりとこない。アノニマスには、正式なメンバーや階級、ルールや命令系統などは存在しないといわれている。だが、実態として行動している限り、そこには何か属性があるはずだ。

アノニマスにはこんな合言葉がある:

We are Legion

メリアムウェブスター辞典によると、「legion」とは:

大儀のために戦う者の集団、アイデンティティのない軍隊

あまりにも漠然としすぎている。だが、この「曖昧さ」こそが、アノニマスの正体だ。無定形で明確に定義することができない。アノニマスは、個人としては存在し得ないのだ。日常の彼らは、「荒らし」であり「犯罪者」、「引きこもりニート」であり「ハックティビスト」でもある。「無政府主義者」であり「エリート国家公務員」でもある。

一見、烏合の衆のように見える集団に共通する思想は、「匿名」、「祭り」、「インターネットの自由」、すべてはここに基づいている。誰もがアノニマスになれるし、「オペレーション」に参加する権利を持っている。

一体、この思想はどこから生まれてきたのか?


アノニマスの誕生、IRCと“荒らし・祭り”の文化


以前、米『Huffington Post』が、アノニマスのメンバーを名乗る人物のインタビュー記事を掲載していた。そこに、アノニマス誕生に関する興味深い話があったので、紹介します。

インタビューに応じたのは、ハンドルネーム「Xyzzy」を名乗る人物。自称20代前半、無職のPCオタクで、アノニマスが生まれたてのころから活動に関与しているらしい。アノニマスにとって、インターネットとは「祖国」であり「故郷」でもある。Xyzzyにとっても、それは同様だ。

彼がインターネットと出会ったのは12歳のとき。当時、根暗でいじめられっ子だった彼は、インターネットとの出会いにより人生が変わったのだという。少年期のXyzzyが最初にインターネットで学んだことは、「荒らし」だった。

00年代前半、ネットには数多くの「荒らしギャング」が存在していた。彼らは、ネット上のいたるところに現れ、相手が逆上するまで、もしくは何らかの笑えるリアクションを示すまで徹底的に荒らし続ける。そんな中でも特に目立ったのが、「Penis Pumpers For Lyfe」と呼ばれた集団だ。

「Penis Pumpersこそが、アノニマスの原点だ」とXyzzyは語る。Penis Pumpersは、主にネットの地下世界IRC(Internet Relay Chat)を拠点として“荒らし活動”を行っていた。IRCとは、専用のソフトをインストールして行うインターネットチャットで、ユーザーは「チャンネル」と呼ばれるチャットルームを設置して、他のユーザーと交流する。現在でもアノニマスは、攻撃計画時のコミュニケーション手段としてIRCを愛用している。

そのIRCで、Penis Pumpersは数多くの「荒らし」を働いた。例えば、彼らは「NHL(プロアイスホッケー・リーグ)愛好家」のチャットルームに乗り込んで行き、延々とアイスホッケーをこき下ろす。彼らにはホッケーの知識など何もない。単純に、誰かを逆上させたいだけだ。時に彼らは、他人のアカウントを乗っ取り、本人になりすましながら、さらに荒らし活動を続けていく。

「すべてはlulz(爆笑)のためだった」とXyzzyは語る。彼らのジョークは、笑いの域を超えてしまうことも多々あり、その傾向は最近まで変わっていない。2010年、アノニマスの娯楽のため、lulzのために、ある11歳の少女とその家族が犠牲となった。


Jessi Slaughter祭り


2010年、当時11歳のJessi Slaughter(ニックネーム)という少女が、アノニマスによる壮大な“祭り”の餌食となった。

祭りまでの簡単な流れは

「ある人気バンドのボーカルとJessiが肉体関係にある」という噂が、ゴシップ投稿サイト「StickyDrama」に広がる

あまりのしつこさに嫌気がさしたJessiは、怒りをこめたメッセージ動画をYouTubeに投稿

その動画で、とても11歳とは思えない発言をして話題に:

「あんまりしつこいと、お前らの口に拳銃を突っ込んで、脳みそをぶちまけてやるからな」


問題の動画が「4chan.org」の/b/板に投稿される

祭り(1次)開始

 

「4chan.org」の/b/板(雑談板)は、アノニマスの巣窟となっている場所だ。この瞬間から、“祭り”が始まった。Jessiの本名や住所、電話番号は瞬く間に晒され、毎日数え切れないほどのJessiの画像がネット上に溢れた。嫌がらせはネットの世界だけに留まらず、彼女の自宅には、大量のいたずら電話や脅迫電話、注文していないピザの出前などが届くようになる。コールガールを送りつけようというアイデアまであったらしい。ついには、誰かが彼女の通う学校に不審物を送りつけ、警察の爆弾処理班が動き出す騒ぎにまで発展した。

ネットだけでなく実生活までもを無茶苦茶にされ、精神的に追い詰められたJessiは、再び大きな過ちを犯した。

新しい動画をYouTubeに投稿してしまったのだ。

動画を見れば分かるが、Jessiは泣きじゃくり、彼女の父親は明らかに我を失っている。娘を公共の場でオモチャにされたのだから当然だ。やはりJessiは動画をアップロードするべきではなかった。このリアクションこそが、アノニマスの求める“lulz”なのだ。

怒り狂ったJessiの父親が、動画の中で放ったわけの分からないセリフは、ネットで一大ブーム(meme)となった。

「you’ve been reported to Cyber Police(お前らを“サイバーポリス”に通報した)」

「If you come near my daughter, consequences will never be the same!!
(もしオレの娘に近づいてみろ。その代償は、絶対に同じにならないからな!)」

「もうやめて」というJessiの心からのメッセージは、“祭り”に燃料を投下するだけの結果となった。

ここで終わっていれば、ただの「祭り・炎上騒ぎ」で笑い話となったかもしれないが、この後Jessiの家庭は事実上崩壊することとなる。

この事件の半年後、何らかの理由から、父親はJessiに暴力を振るって逮捕され、Jessiは児童施設に保護される。そして、2011年の夏、Jessiの父親は、心臓発作を起こしてこの世を去った。なんとも後味の悪い結末だ。

11歳の少女を無情なまでに叩き潰すやり方を見る限り、現在のアノニマスが象徴する「活動家」、「革命家」としての精神は、微塵も感じられない。やはり彼らは、時間と暇をもてあました単なる反社会主義者ということだろうか。

危険をかえりみず、自由のため、市民のためとうたいながら「CIA」、「国連」、「麻薬組織」、「ウォルストリート」といった絶対権力に攻撃を繰り返すアノニマスは、一体どこから生まれたのか?


4chanの誕生


大きく分けて、現在のアノニマスは相対する2つのコンセプトから成り立っている。「自由を求める革命家」と「笑い、祭りが生きがいのネチズン」だ。時間と共に、アノニマスの中で前者「革命家」としての意識が強くなっていった。

「God Farther」と呼ばれるアノニマスがいる。彼の本名はGregg Housh、ボストン郊外に暮らす35歳のコンピュータ・エンジニアだ。アノニマスが始めて活動組織として機能した、2008年の「オペレーション・チャノロジー」(反サイエントロジー運動)の指導者の1人である。現在でも、「オキュパイ運動(ウォール街を占拠せよ)」にオーガナイザーとして積極的に参加している。自らの身元を公表しながらも活動を続ける彼は、アノニマス(匿名)としては稀な存在だ。そんな彼の生い立ちは、まさにアノニマス的だといえる。

God Fartherが始めてコンピューターを手にしたのは1991年、14歳のとき。まさにインターネット黎明期の真っ只中だ。すぐにバーチャル世界のとりこになった。彼は16歳で高校を中退し、ソフトウェアなどを違法コピーするネットの裏組織で活動するようになる。

2001年にFBIにより逮捕され、刑務所で数ヶ月暮らすこととなった。出所後、再び犯罪に手を染める勇気もなく、自分を見失ったまま長い年月を過ごしていたという。そんな中、God Fartherが心の拠り所としたのが、アノニマス発祥の地である「4chan」だ。

2003年に当時15歳のChristopher Pooleによって設立された「4chan.org」は、もともとアニメや日本の漫画について語る画像掲示板だった。Houshが4chanの住民になった頃には「/b/(ランダム)板」ができており、そこは「グロ」、「エロ」、「キチガイ」の吹き溜まりとなっていた。

その頃の/b/板住人(/b/tards)のトレンドは:

・ハック&荒らし – 誰かのメールアドレスをハックして、その人になりすまして荒らしまくる

d0x(晒し) – ターゲットの身元や住所をネット上に晒す

DDoS攻撃 – 特定のサイトにDDoS攻撃を仕掛け、アクセス不能に陥れる

これらの活動は、「raids」(祭り)と呼ばれた。こういった“祭り”が大きな流行となった背景には、4chanの「匿名性(Anonymous)」が大きく関係する。いつしか/b/板の住民は、自らを「anonymous(名無し)」と呼ぶようになった。

さまざまな祭りを繰り返していく中で、アノニマスの間で「legion – 集合体」という概念が少しずつ芽生えてきたのかも知れない。2006年、そんな彼らが始めて一致団結した“祭り”が行われた。それは、4chanの歴史に残る大規模な祭りだった。通称「Habbo Hotel祭り」だ。


Habbo Hotel祭り



2006年当時、一部のネットユーザーの間で流行していた「Habbo Hotel」というサイトがある。Habbo Hotelとは、ユーザーがそれぞれのアバターを作成し、バーチャルホテルで交流する、いわばアメーバピグのようなサイトだ。

2005年あたりから、「Habbo Hotelの管理人は人種差別者だ」という噂が、/b/板住人の間で流れていた。黒人アバターのユーザーに対する規制が厳しいのだという。そこで、Habbo Hotelに対して大規模な“祭り”が計画された。

数ヶ月の入念な下準備の末、2006年7月12日、数百人のアノニマスが、全員同じ「アフロにスーツ姿の黒人」というアバターを使用して、Habbo Hotelに一斉に乗り込んだ。

彼らは、ホテルの人気スポットのプールエリアに集結し、「プールはエイズのため使用禁止」と叫びながら、プールへの入り口を閉鎖した。他のアノニマスはパティオに集結して、カギ十字の形に整列。黒人のアバターがナチスの国章を再現するという皮肉をこめている。

God Fatherによると、Habbo Hotel祭りの動機は、「“アフロにスーツ姿の黒人”という偏見に満ちたアバターをデザインした、人種差別主義者の運営陣に対する抗議活動」なのだという。とは言え、大半のアノニマスは、“lulz”と“祭り”、つまり娯楽のために参加したのだろう。

理由は何であれ、アノニマスにとって、これほど計画的で統制のとれた祭りは始めてのことだった。これと同じ年、アノニマスは白人至上主義者のウェブサイトをDDoSして、アクセス不能に陥れている。さらに、カナダの児童性愛者の逮捕にも協力した。

このあたりから少なからずアノニマスに、「活動家」という意識が芽生え始めている。だが、アノニマスの真の転機は、2008年2月に訪れる。「オペレーション・チャノロジー(Chanology)」、サイエントロジーに対する抗議活動をきっかけに、アノニマスは“ハックティビスト”としての道を歩み始めた。

パート2につづく・・・

 

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